2018年9月26日水曜日

【信仰書あれこれ】キリスト教と甘え

土居健郎 『甘え・病い・信仰』(2001年、創文社)をとりあげます。

長崎純心大学で十数回行われているレクチャーシリーズの3回目の内容を書籍化したものです。このシリーズの講師には、科学哲学史の村上陽一郎や民法学の星野英一など、創造的で卓越した学問的活動に従事しているカトリック学者が選ばれています。

故・土居健郎氏は精神医学の第一人者でしたが、一般には『甘えの構造』(1971年、弘文堂)の著者として広く知られています。カトリック信徒ですが、もとはプロテスタントだったようです。

裏表紙に簡にした要を得た本書の説明があるので引用します。
「……戦後における個の自立、独立心を強調する思潮の高まりは、現代社会において甘えの経験を好ましくないもののようにみなす風潮を生み、それが幼児虐待など社会的病理現象を引き起こす原因になったことを明らかにするとともに、人間関係の根底で「甘え」と信頼が果たす意義と役割を明快に論ずる。さらに隣人愛に象徴される他者への愛が強調されてきたキリスト教の従来の見方に対し、「甘え」の視点から聖書に光を当てて、愛されること、愛の受容がもつ深い意味を浮き彫りにし、癒されて在ることの真実の姿を示す……。」

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神に対する甘え
  • キリストが人間としてすべての試練を引き受けて死んだことが万人の罪の贖いとなったというのがキリスト教のメッセージです。そういうわけで、キリストを信じるクリスチャンは神に対して甘えることが可能となったのです。……旧約の時代にすでに神に対する憧れを人々は感じるようになっていましたが、新約の時代になってからはキリストのお蔭で本当に子どものように親しく接することが可能となったのです。(中略)神の愛を信じていいということは、神に甘えていいということではありませんか。「アバ父よ」というキリストが教えてくださった神様に対する呼びかけの言葉は普通のアラム語 俗語で、「お父さん」ということだそうです。神様をお父さんと呼べるということは、神様に子どものような甘えの心情を持っていいということになるのではありませんか。(103~104頁)

聖フランシスコの祈り
  • キリスト教倫理の中でしばしば、愛することはいいことだが、愛されることを求めるのはあまりよくないことだというメッセージがいろいろな形で言われているのではないでしょうか。……愛されることを求めるのは利己的であり、未熟者の証拠であると一般に思われているだけでなく、教会の内部でもそう信じられているように見受けられます。ミサの説教でもそういう意味のことがしばしば話されます。共同で唱えられる聖フランシスコの祈りも実はそういうふうになっているのです。(中略)……私は前からこの祈りを不思議に思っていました。私はあの祈りが実を言うとあんまり好きではないのです。というのは、この祈りは英雄的であることを求めています。……英雄的であることを自分のために求めていいのでしょうか。キリストは天の父にならって敵を愛せよと教え、また「己が十字架を負って私に従いなさい」とおっしゃいましたが、英雄的であれとはおっしゃっていません、私が一番頭をかしげるのは、愛することはいいけれど愛されることはよくない、という意味合いにとれるようにこの祈りが作られている点です。(105~107頁)

愛することと愛されること
  • 聖書はもちろん何よりも愛を勧めます。けれどもキリストの言葉としてはっきり言われているのは、「私があなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい」ということで、順序としてはキリストに愛されることの方が先です。……肝心なことは、我々は愛されているから、それにならって我々も愛するということです。ですから、愛されるということをさげすんでしまうと、キリストに愛されているということも、どうかするとおろそかになって、ただ愛することだけが大事だということになる恐れはありませんか。……いろいろな霊的な書物を読んだり、また神父さん方の説教を聞いて、……愛しなさいということばかり言って、キリストに愛されているということをそれほど強く言わない感じがします。『ヨハネの第一の書簡』の第4章は特に愛の重要性を説いている箇所で、……「神がこのように私たちを愛されたのですから、私たちも互いに愛し合わなければなりません」と結んでいます。このように愛されるという経験が最初にあって、初めて人を愛することができるのです。(107~109頁)

著者には、『信仰と「甘え」』(1990年、春秋社)『聖書と「甘え」』(1997年、PHP新書)という作品もあります。また、経済学者・大塚久雄と法学者・川島武宜という知の巨人と語り合った『「甘え」と社会科学』(1976年、弘文堂)という鼎談もあります。

神学書に『信仰的甘えの暴露――宗教の逆対応論をめぐって』(岡村民子著、1978年、聖文舎)があるのですが、私は未読です。


JELA事務局長
森川 博己

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